私の生い立ち

私は1973(昭和48)年7月30日(月曜日)の午前0時16分に福岡市南区の日本赤十字社・福岡赤十字病院にて産まれましたが、母親曰く「逆子(さかご)」かつ産声をあげなかったらしく、因果関係こそ不明ですが、成長するに連れ他のお子さんと比べて非常に不器用さが目立つようになりました。

そのことを心配した母親が様々な情報を集めまくりますが、1970年代と言えば地球上にインターネットは存在しておらず、新聞と雑誌のみが貴重な情報源、それを頼りに幾つかの大学病院で検査を受けますが何れも「学力的に支障は無い」の一言で済まされました。


4歳から6歳、1978(昭和53)年の4月から1980(昭和55)年3月の卒園時まで2年間お世話になった福岡県筑豊地区の嘉穂郡稲築(いなつき)町立山野保育園(現在は社会福祉法人へ移管)は園の方針により、何らかのハンデをお持ちのお子さんにも配慮が行き届いていることで知られ、親子で安心したものです。


しかしながら1980(昭和55)年の4月、当時の全校児童数が1000人を超えていた「マンモス学校」の同・稲築西小学校(現在は閉校)へ入学してからは当然ながら山野保育園の様な配慮は無く、主要科目の授業に対し体育の授業は苦痛そのもの、この状態が義務教育修了まで続くこととなります。

更に私が所謂「跡取り息子」ということもあって今は亡き父親からの過干渉にも長きに渡り苦しめられました。


1986(昭和61)年の3月に稲築西小学校を卒業した後は諸事情により他の自治体に所在する中学校へ進学しますが、その中学校は他人の失敗や肉体的欠陥、成績不振を笑いのネタにして楽しむ陰湿かつ軍隊レベルの厳しい校風であったが故に私は入学僅か3ヶ月目にして不信感を持ち「孤独が天国」状態へ…。

それでも意地で耐え続けましたが、遂に限界となり、1988(昭和63)年の9月に同・稲築中学校(現在は閉校)へ「里帰り」を果たしたわけですが、次第に居たたまれなくなったことに加え、体育関係の面で「文武両道の虐めグループ」なる同級生の集団に目を付けられた結果、不登校となりました。

高校は通信制課程への進学を希望していましたが、言うまでもなく父親の猛反対に遭い、自暴自棄状態に。結局は望みもしない公立進学校を惰性で受験しましたが、案の定不合格でした。


私が10代だった頃に一番の難関と言えば「自動車免許の取得」、これに尽きます。


「10代で自動車免許、それも操作が複雑なMT(マニュアル)免許で取得しなければ馬鹿にされる」恐ろしい風潮があった地域だけに何が何でも条件をクリアしなければなりませんでした。

不幸中の幸いにも父親の自家用車がMT車だったので影でコッソリ練習してみたり、自宅の近くを走っている「西鉄」こと西日本鉄道(現在の当該地域は子会社の西鉄バス筑豊が担当)の路線バスを利用する度にバス乗務員さんのMT操作を真似する日々が1年ほど続きました。

この時期の「努力」が実ったのでしょう。自動車学校へ入校する1週間前からは不安で全く眠れない状態でしたが、私が入校した嘉穂郡稲築町の嘉穂自動車学校(現在は閉校)では良き指導員の方々に恵まれ、1993(平成5)年の1月22日(金曜日)、19歳6ヶ月にして「第一種普通自動車免許」を取得出来ました。


「これで人間扱いされる」

免許を取得した瞬間のホッとした思いは生涯に於いて忘れることは無いでしょう。


そして時は流れ2017(平成29)年の夏、

出身地の嘉穂郡稲築町は平成の大合併による対等合併により福岡県嘉麻市の一員となり、やがて父親も他界。母親と2人暮らしになった或る日のこと、テレビで或るドキュメンタリー番組を観ていた母親が「何かを感じて」私に大学病院での検査を勧めてくれました。

私自身、一刻でも早く検査を受けたかったものですが、大学病院での受診には1970年代と違い「紹介状」が必要不可欠、多くの医療機関を回りましたが相手にされず、藁もを掴む思いで持病のバセドウ病でお世話になっている医療機関へ願い出るとアッサリ作成して下さいました。

そのお陰で福岡市東区の九州大学病院にて様々な検査を受けた結果、母親が幼い頃より心配していた事実が判明、親子で約40年もの苦労が報われました。


現在、私は「令和の里」福岡県太宰府市にて不器用ながらも自分らしく人生を歩んでいます。

本当に心の底から「生きてて良かった」と思えますし、嘉穂郡稲築町、現在の嘉麻市稲築地区で過ごした日々も大切にしています。

何と言っても自分自身が育った土地ですからね。


最後になりましたが、母親、九州大学病院樣、それに紹介状を書いて頂いた福岡市博多区の医療法人福甲会やました甲状腺病院樣には厚く御礼を申し上げます。


今までの苦労は必ず報われます!!

特定社会保険労務士 山本 幸司

障害年金について

障害年金は厚生労働省が管掌(かんしょう)しているれっきとした公的年金であり、原則として「障害基礎年金」と「障害厚生年金」の2種類がございます。



・障害基礎年金…障害の原因となった疾病(しっべい)の初診日に国民年金へ加入されていた方々を対象としており、障害の状態によって2級→1級の順となっています。

尚、先天性の障害をはじめ未成年時の障害を対象とした「20歳前傷病による障害基礎年金」制度もあります。


・障害厚生年金…障害の原因となった疾病(しっべい)の初診日に厚生年金へ加入されていた方々を対象としており、障害の状態によって3級→2級→1級の順となっています。

尚、2級と1級の方々には障害基礎年金がプラスされます。


・障害手当金…障害の原因となった疾病(しっべい)の初診日に厚生年金へ加入されていた方々のうち、障害の状態が4級以下の場合は年金ではなく「一時金」として支給されます。



※あくまでもここで説明していることは初歩的な内容に過ぎませんので、詳細を知りたい方は私宛に御一報下さい。

保険料の納付要件について

「障害基礎年金」「障害厚生年金」および一時金の「障害手当金」は原則として月々の国民年金保険料もしくは厚生年金保険料を納付していなければ万が一の場合に受給出来ません。

特に自己管理が必要不可欠な国民年金の被保険者である方はご注意下さい。



・初診日の前日に於いて、初診日が属する月の2ヶ月前までに「年金保険料を納付している期間」と「年金保険料を免除されている期間」が被保険者期間の3分の2以上を有すること。

逆に言えば、何らかの理由で年金保険料の滞納期間を有していても、その期間が3分の1以下だった場合は納付要件をクリアする、ということです。


・1991(平成3)年4月30日(火曜日)までに初診日を有する場合は初診日が属する月より前の「直近基準月」の前月までの期間で年金保険料の納付要件を判断します。

「直近基準月」とは1月、4月、7月、10月のことを指します。


・2026(令和8)年3月31日(火曜日)までに初診日を有する場合は初診日の前日に於いて、初診日が属する月の2ヶ月前までの1年間に年金保険料の滞納期間が無いこと。

但し、初診日の前日に於いて満65歳以上以上の方には残念ながら適用されませんのでご了承下さい。


・例外として「20歳前傷病による障害基礎年金」は社会福祉政策の観点から年金保険料の納付要件を問われません。

但し、住所を外国に有した場合や前年の所得が一定額を超えた場合は年金の支給が停止となります。



※その他、「事後重症制度」や「基準障害制度」等もございますので、詳細を知りたい方は私宛に御一報下さい。

料金

【一般的な請求の場合】


・面談費用…税込3,300円 (相談時間は無制限です)

・着手金…税込22,000円

・事務手数料…税込22,000円

・成功報酬…障害年金の場合は初回に振り込まれた年金額の2ヶ月分+消費税、障害手当金の場合は振り込まれた一時金額の10%+消費税

・立替金…実費でお願いしております


尚、障害年金および障害手当金が不支給だった場合、成功報酬は頂きませんのでご安心下さい。



【過去最長5年分に遡って請求する場合】


・面談費用…税込3,300円 (相談時間は無制限です)

・着手金…税込22,000円

・事務手数料…税込22,000円

・成功報酬…過去に遡って振り込まれた障害年金額の10%+消費税

・立替金…実費でお願いしております


尚、障害年金が不支給だった場合、成功報酬は頂きませんのでご安心下さい。